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手ブロ企画用ブログです。 小話をのろのろと書いてます。裏話やIF話も含みます。
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ちょっとした小話。文章リハビリともいう。

沫淡霧影さん宅 儚さんおかりしました






 
ひゅう、と空気を吸い込む音が鳴る。
幾度か意図的に繰り返されていたそれは、床のきしむ音にかき消された。
からりと軽い音をたてて開かれた襖に視線をやると、わずかばかり眉をひそめた側仕えが立っていた。
 
「露薙様。それ、やめなさいってお医者様に言われてませんでしたか」
「…………」
 
ふい、と顔をそらすと呆れたような溜息が聞こえたけれど、無視して硯と筆を引き寄せた。
 
『ちょっとくらいいいだろう。別に声を出そうなんてしてない』
「そんなことしたら怒りますよ」
 
だからしない、と紙に筆を滑らせて文字を描く。
ただ、その字はあまりにも、ひどすぎた。
長年生きているというのにこれっぽっちも上達をみせないそれを解読できるのは、ごく一部の者だけだ。
子どもの書く文字よりもさらに輪をかけて下手くそな、それこそみみずがのたくったような字をしげしげと露薙は眺めた。
 
『我ながら酷い字だ』
「……それがわかるのにどうして上達しないんでしょうね」
『書類仕事を他人に全部押し付けてたからかもな』
「書かなさすぎて下手になったとかじゃないでしょうね」
『必要のない能力は退化するらしいぞ』
「必要最低限の能力は残しといてくださいよ、もう……。いま、露薙様の字を読めるの私ぐらいなんですからね?」
『……そうだな』
 
わずかに迷うように筆を遊ばせてから書かれた文字は、すぐにぐしゃりと消される。
書いた文字の上に筆を押し付けた露薙は、そのまま筆をぞんざいに投げ捨てた。
当主の突然の奇異な行動に、わずかも動揺することなく、儚は投げ捨てられた筆を拾い上げてそ、っと硯の横に置き直す。
その行動の理由を知っているからこそ、ではあるが。
 
「露薙様。―――…まだ、駄目ですか」
 
その言葉に、露薙は微かに頷いた。
言葉が出なくなった、その事件から幾年か。声がでなくなる原因となった傷は癒え、それでも傷つけられた声帯は機能を失い役割を果たすことはなくなった。
それからは筆談で、酷すぎる文字を解読できる者さえ側にいれば、意思疎通は図れた。
だが、それは不可能に近かった。
そもそも、当主の字が酷いことを知るものはそんなに少ないというわけではなく、読めるものが皆無というわけでもなかった。
露薙の側に近寄ることができれば。
 
―――傷つけられた後遺症が、声だけだったならよかったのだ。
 
だが、声を失ったことより、傷を負ったことよりはるかに、『裏切られた』ことが露薙を傷つけた。
事件の後、意識が戻った露薙は、しばらくのあいだ、誰も、一族の者も、親しいものも、怪我の具合をみにきた医者さえも近づけることなく、奥座敷に閉じこもった。
なんとか奥座敷に近づけるようになったとき、閉じこもっていた部屋の状況は凄惨たるものだった。
襖は全てゴミ屑と化し、床を覆っていた畳は原型をとどめず基礎の骨組みがむき出しになり、ところどころにこびりついた血と、ゴミ屑と化した家具と、元は調度品だったであろう欠片の中にうずくまるようにして、露薙は眠っていた。
首元にまかれていた包帯は、どす黒く乾いた血がこびりついてもはや使い物にならない状態で、かろうじて残っていたわずかな畳の上に投げ捨てられていた。
暴れ疲れたのか、それとも何も口にしていないから栄養失調で倒れたのかは知らないが、それでもとにかくこのままにしておくわけにもいくまいと、露薙は別の部屋に移され、奥座敷の修復が行われた。
熱を出して寝込んだ露薙は約2週間近く意識を取り戻すことはなかった。
ただでさえ傷を負っていた体に鞭打ったうえ、露薙は側室を持たないが故に決定的に体力がなかった。
再び意識を取り戻して以降は、一切合切治療は受け付けないと医者を寄せ付けず、ただ一人、側仕えである儚だけをそばに置いた。
現在でも、護衛や参謀と言った者たちとは顔を合わせることはあれど、他の者とは極力会いたがらないのが実状だ。以前にくらべればマシではあるのだろう。
 
『あの時は、かなり悲惨だったな』
「そうですね。なかなか傷の手当させてくれませんでしたしね」
『……悪かったとは、思ってるぞ』
「ええ、わかっています」
 
精神的な部分で、露薙は酷く脆い。それは露薙自身も自覚していることだ。
いまでも本当に信頼しているもの以外を側に置くことが怖い。少しだけなら、まだ平気なのだが。
毎年の当主の集まりなど、いまの露薙にとっては拷問にも近いものがある。とはいえ、当主の務めである以上は出席するのだが。
側室がいればまた違ったのであろうが、生憎と露薙は側室をとる前に傷を負ったがゆえに、その選定にすら支障がでてしまっている。露薙としては側室はいらないから、信頼できるものをそばに置いておきたい、というのが本音だ。
 
『ま、そんなのは過ぎたことだ。というわけで昼寝するから枕になれ』
「話に脈絡なさすぎますよ、露薙様……」
『眠いからな』
 
そう紙に綴って筆をおくと、もそもそと膝立ちで儚のそばまで寄り、返事を聞く前に丁度ふともものあたりに頭をおいて寝転がった。
やったものがち、というやつである。
 
「…足がしびれたら起こしますからね?」
 
呆れたような溜息をついた儚にひとつ頷きを返して、まぶたを閉じる。
 
 
いまはまだ、現実と向き合うだけの覚悟がない。
だから、わずかのあいだだけ、泡沫の夢をみよう。

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